松代学講座「松代の横田家」 その1横田家のルーツを語る

松代学講座に行ってまいりました。

富岡製糸工場に勤め、松代に製糸業を伝えた横田(和田)英。
松代の製糸業は彼女あってこそ。富岡製糸場にはいまも和田英の写真が飾ってあります。

そして、彼女の実家である横田家は優れた人材を何人も輩出しています。
1月26日に開かれた松代講座では、横田家のルーツを語ると題して、
英さんにとっては甥にあたる正俊さん(元最高裁判所長官)のご子息の奥さま、裕子さんがお話をされました。

横田裕子さんは、八橋流のお琴の師範。
この日もすてきな演奏「四季の曲」を披露してくださいました。
(八橋流の解説は日をあらためて)

さて、この日の話は和田英が記した「我母之躾」から説き起こされました。
お母さんのきよさんから受けた教訓を記したものです。

その第一
「先ず恥かしいとは思はぬか。」

何に恥ずかしいと思わないかって?

ご先祖様に恥ずかしいと思わないか、と母きよさんは子どもたちに戒めとしたのだそうです。

「我母之躾」にはこうあります。

私共幼少の頃先祖の事を常に申聞かされ、私共が行儀や言葉をあしく致し、又いやしい事を致しますと、母はいつも「ご先祖様はお大名であつた。いかに身分は下って人の家来に成ったとて、行儀や言葉をよくし心を正しく持たねばご先祖様にたいして申訳がない、そのような事をして先ず恥かしいと思はぬか。」としかられました。

はは〜ってひれ伏したくなる感じですね?

横田裕子さんによると、その大名であったというご先祖さまは源頼朝公に使えた山ノ内氏という豪族のことで、400年余りも会津の中丸城に居住していたのだそうです。

その後、長い歴史を経て(すみません、はしょります)松代の横田家へ。
夫の九郎左衛門が亡くなり、残されたきよさん。
英さんの男のきょうだい3人を東京に勉学に出し、残った女のきょうだいが学費をかせぐためにも製糸業に頑張ったとのこと。

その一人が英さんでした。

英さんのちょっと厳しい表情を写真や絵で見ると、お母さんの躾があってこそ、と思ってしまいます。

ご先祖さまに恥ずかしいとは思わないか???

今の子どもたちに言ったらどんな顔をするのでしょうか。
ご先祖さまに限らず、人に見られて恥ずかしい行いをしてはいけない。

こんなこともないがしろにされがちな昨今。

あらためてきよさんの教えを読み直したいなあと思いました。

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